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変身の恐怖 パトリシア・ハイスミス [本]

パトリシア・ハイスミスの未読の作品を見つけた。絶版になっているらしく、中古しか入手できなかった。


「太陽がいっぱい」に並ぶ傑作、と文庫本の裏表紙に唄われているのだが、私はそれもなるほどと思った。かなり良い作品で、あまり知られていないのは、おそらく話が地味であることと、吉田健一の訳が古くて分かりにくい日本語だからではないか。


主人公の男は、映画の脚本を書くために、ニューヨークから、チュニジアのリゾート地へやってくる。彼を呼び寄せた映画監督からは連絡がない。やがて、ホテルのコテージに滞在しているOWLというアメリカ人の男や、近くに部屋を借りているデンマーク人と知り合う。ある深夜、男は自分のコテージに侵入しようとした人物の影に対してタイプライターを投げつける。侵入者はボーイ達がひきずってゆき、コテージの床を拭いていったようだが、翌朝になっても、何もなかったことになっている。この出来事に固執するOWLと「どーでもいいじゃん、そういう所だよ」という態度のデンマーク人、揺れる主人公の心。規範意識の危うさと厄介さが一つのテーマだろう。


主人公は自分の小説を書き始める。それが、偽造者の話で、主人公は太陽がいっぱいのトム・リプリーを彷彿とさせるこちらは規範意識の非常に乏しい人物で、ある種の劇中劇のような構造になっている。この作品のタイトルは、この劇中劇からきており、「Tremor of Forgery」、直訳すると「偽造者の振顫」のようなもの。どんな偽造者でも、偽造サインの最初に顕微鏡でみるとわずかな震えがある、ということを指す。(売れていないのは、「変身の恐怖」というタイトルの訳も大きいと思う。つまらなそうで、印象に残らない題だ。)


OWLというアメリカ人にはもちろん名前がある。最初は名前で呼ばれているが、これが独善的な「アメリカの民主主義やアメリカ人的道徳って素晴らしい」教の人物で、「Our Way of Life」ばかり言っているので、OWL(ふくろうの意味もある)と、段々作中で呼ばれるようになる。こういう辛辣なハイスミスのやり方が大好きだ。


舞台は終始チュニジアで、どんなところなのか知識もないので、なんとなく「カサブランカ」と「シェルタリングスカイ」の世界を想像しながら読んだ。後で調べると、イタリア半島のすぐ南だった。


そのうち新訳が出たら読み直したい。(英語で読めよ)



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ヌヌ 完璧なベビーシッター レイラ・スリマニ [本]

ヌヌはフランス語でベビーシッターを意味するという。


冒頭でいきなり、ベビーシッターが子供2人を殺した(一人はまだ死んでいないようだが)という帰結が明らかにされ、やがてそこまでに至る経緯が描かれる。


ヌヌのルイーズは白人、雇い主のミリアム(母親)とポール(父親)のうち、少なくともミリアムは有色人種という、普通と少し違う設定。その中でルイーズとミリアム、ルイーズと年嵩の方の女の子との関係が次第に緊張していく様子がうまく書かれている。ルイーズは完璧に家事と育児をこなす有能なヌヌなのだが、夫婦のヌヌであることに依存し執着してく。


難を言えば、ルイーズに精神病歴があることを最後に書かなかった方が良いのではないか、精神病のせいにすべての出来事がなってしまうのであれば、かえって面白くないように思えた。それから、ルイーズが「孤独」であると繰り返し強調されるのだが、これも、「孤独」という言葉でなく表現してほしかった。

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飛田ホテル 黒岩重吾 [本]

飛田といえば、大阪の元遊郭があった場所で、今ではなぜか仲居と客の自由恋愛として売春が公然と行われている場所。橋下徹は弁護士のくせに、合法だと言い張っているらしい。そんな理屈で合法になるのなら、どんな売春も合法化されると思うのだが。


その飛田の昭和30、40年代ころの雰囲気がなーんとなくわかるという短編集。小説としては、同じようなモチーフが繰り返されていたりしていて、特別面白いものではない。「飛田ホテル」「黒岩重吾」という組み合わせがそれだけで、何となくその時代の猥雑でもの悲しそうな空気を連想させるので、それだけで十分だった。

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空白の5マイル 世界最大のツアンポー峡谷に挑む 角幡唯介 [本]

ツアンポー峡谷というのは、チベットの秘境にある険しい峡谷で、険しいが故に19世紀ころから欧米の数々の探検家が踏破を試みたが、どうしても超えられない5マイルが残ったので、その部分が「空白の5マイル」と言われたという。


冒頭に著者自身の2回の探検時の地図や、歴代の冒険家の写真や略歴が置いてあり、分かりやすい。「空白の5マイル」を著者が埋めたのかとおもいきや、実は、著者の最初の冒険の時点ですでに埋まっていることも、この時点でわかる。

全体としては、著者自身の探検よりも、ツアンポー峡谷に挑んだ過去の冒険家たちの話の方が面白い。


最後の方に、難所の表現として「若い女性を取り扱うよりも注意が必要」という表現があり、非常にひっかかった。


そもそも、冒険を描くノンフィクションの中に出てくる表現として非常に唐突である。著者が、冒険をしていない時間の描写はないため、まず、「へーそんなに若い女性取り扱っているの?」と思う。


次に比喩としての不適切さである。「どういう意味?」若い女性の特徴ってなに?すぐに泣く?感情的になる?痴漢に間違えられる?とでもいうのだろうか?どのようなステレオタイプのバイアスをもって、「若い女性」を比喩に出しているのか理解に苦しむ。中年女性でも、高齢男性でも、中年男性でもなく、男の子供でもなく、「若い女性」の特徴ってなんだろう。本気で私はどういうつもりでこの比喩を用いたのか、問いただしたい。


最後に「取り扱い」の不適切さ。取扱いに注意が必要って、カメラにでも使うような言葉だ。若い女性は、著者にとって取扱いの対象なのだろうか?若い女性との「付き合い」でも、若い女性との「会話」でもなく、「取り扱い」というのは、両者が対等ではない関係に使う言葉だ。


この一言で、私はすっかり、この著者に対して幻滅してしまった。こういうところに品性が露呈する。それにしても、こういう表現は、編集者が気が付いて直してくれたりしないものか。

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一日江戸人 杉浦日向子 [本]

江戸の風俗や文化を面白く、分かりやすく読めて、しかも正しく調べて書いた本はないかと探して、杉浦日向子の本を何冊か買ったが、これが一番良かった。イラストもふんだんに入っていて楽しい。

物価が安かったので、そんなにあくせく働かなくても町民は食べていけたとか、当時のヤンキーの服装とか、何故「八丁堀のだんな」が格好いいと思われていたか、とか。

杉浦日向子は若いうちに亡くなってしまったが、同じような構成で、もっと書いてほしかったと思う。

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拾った女 チャールズ・ウィルフィード [本]

サンフランシスコのカフェの店員が、美しい人妻を拾う。二人ともアルコールにおぼれているが、人妻の方が重症なアルコール依存症で、主人公の男は目が離せないために、仕事をすることができなくなり、金もなく行く先には破滅しか見えない恋愛小説。ウィルフィールドは犯罪小説家とされているらしいが、ノワールっぽい味わいはあるものの、犯罪小説ではない。

そして、最後の2行で、小説は別の側面を見せる。恋愛小説には違いないのだが、これに気づかなかったのか、作者はこのことを最後まで明かさなかったのか、違和感があったプロットの原因はこれか、とわかる。


昔どこかで聞いた話で、

「A検察官には弟B君がいます。」

「B君にはお兄さんはいません。」

これはテストで、これに、え?と思うかどうかが、バイアスの有無を示すのだ。この小説の構成は、これに似たテストでもあったと思う。私は騙されたのでテストに失敗したわけだ。

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愛のゆくえ リチャード・ブローディガン [本]

ブローディガンという作家は初読。70年代アメリカで若い人達に非常に人気があったが、次第に読まれなくなったという。

原題は「堕胎ーある歴史的ロマンス1966」というもの。日本語訳は少し恥ずかしい。自分で書いた本を持ち込むためだけの図書館(閲覧できない)は、1年24時間開いていて、主人公の男は一人で図書館に住み、3年間外に出たことがない。表題のとおり、男の恋人(絶世の美女)が「堕胎」をするためのメキシコへの旅が主たるストーリーとなっているが、堕胎に対する感傷的な思いは一切ない。旅から帰ると、変化が待っている。この変化の方向がちょっとありがちで、すこーしだけ陳腐に感じる。それでも、このありそうにはない図書館の設定や、過度に感傷的ではない全体の雰囲気は楽しめた。


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幻想の英雄 津田信 [本]

小野田元少尉に対する私の幻想を打ち砕いた本。


私は、「たった一人の30年戦争」を読んで以来、小野田元少尉を尊敬していた。もともとエリート一家の出自とはいえ、ぼろぼろの軍服を着て投降した翌日には、スーツを着こなして、堂々と大統領と談笑などしている写真(私の記憶による)を見て、非凡な人だという印象を受けたし、特に、その本の中で、30年間ジャングルにいて、一度も現地の女性を襲わなかったという点に、感心していた。小野田元少尉が日本を離れたのは、日本人に幻滅したからだと想像し、その点も、共感していた。


ところが、この本は、まるで違う小野田像を提供する。これは、小野田の帰国直後に独占手記をとった出版社の別荘に、小野田、小野田の兄などとともに、数か月間缶詰になっていたゴーストライターによるものである。自分の手記により、誤った小野田像が広がったことに後ろめたさを感じて書いたという。


小野田の個性は措くとして、まず、フィリピンにおける事実が違う。公表されたストーリーによれば、小野田は「戦闘」としてやむを得ず現地人を殺傷したことになっているが、「犬をけしかけられた」という理由で、村人を刀で惨殺するなどしている。(小野田はこういうことを得意げに語ったらしい)これらの現地人殺害の事実は、厚生省は把握していたらしいが、フィリピンとの補償問題になるので、公にしないようにということだったという。さもありなん。少なくとも、小野田が、現地人を「ドンコー」(土人にハチ公の「公」をつけたもの)と呼んでいたのは間違いのない事実と思われるから、彼は、現地人を人とは思っていなかったようだ。


さらに、小野田の主観にいたれば、実は終戦は知っていたという。投降すると現地人に憎まれていたから殺される恐れがあり、身の安全を確保して投降する方法が(そして自分のプライドを守る)、当時の上官を呼びつけて、大げさに投降するという方法だったらしい。


何故、この本の存在を今まで私は気が付かなかったのか、何故、小野田の言い分(本人は隠すつもりはなかったらしいが、厚生省やマスコミの都合で「英雄」が作り上げられた)のみを信じて、彼を尊敬するにまで至ってしまったのか、ひたすら反省。なんでも疑ってみて、複数の視点から見てみなければ。


ちなみに、現地で小野田が女性を襲わなかったという話は、現地でも確認されていて、事実らしい。

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またの名をグレイス マーガレット・アトウッド [本]

1843年にカナダで起きた殺人事件を題材にしたフィクション。作家は膨大な資料にあたってこの作を書いたというが、それでも、創作による一つの小説に仕上がっている。


グレイスは貧しい移民で、16歳のときに、女中をしていた家の主人を、馬番と共謀して殺したとされ、また、女中頭を殺したと疑われている。馬番には死刑が執行されたが、グレイスは年齢が若いことなどを理由に死刑が執行されず、精神病院や刑務所で何十年も過ごしたのちに、釈放されたという。グレイスが美人だったので、当時から、大変な話題だったらしい。さらに、グレイスが、逃亡先の宿で、堕胎手術で死んだ元同僚メアリーの名を名乗ったことや、精神病を疑われたことから、さまざまな想像をかきたてたと思われる。


結局、史実においては、グレイスが主人と女中頭殺しにおいて、どんな役割だったのかが謎のままになっている。事件自体について、英語のサイトを少しのぞいてみると、グレイスは多重人格者だった、グレイスはメアリーの霊に取りつかれていた、本当はグレイスは死んでいて、メアリーがグレイスになりすましていた、など様々な説があったらしい。


アトウッドは、真実に近づきたくて資料を調査したと思われるが、作品の中でも、明確な解釈は示されていない。この作品からうかがえる、最も近いものとしては、サイコパスのような自覚的な悪人ではなく、他人の痛みに魯鈍なボーダーライン的人物である。ひょっとして軽度の知的障害があったのかもしれない。創作の世界に入り込むより、事実はどうであったかということに強い興味を引く、独特の小説だった。



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悲嘆の門 宮部みゆき [本]

上中下の3巻に分かれている長編(ただし1巻ずつは薄くて、上下巻でもいいんじゃないかという厚さ。高く売りたいんだろうかと勘ぐってしまう。)

ミステリ仕立ての長編かと誤解して買ってしまい、上巻の最後まではぎりぎりそう思っていられたが、そうではなく、ファンタジーというか非現実世界と交錯するお話だった。やや哲学的なんだけれども、ファンタジーっぽいターム(「悲嘆の門」も然り)が先行していて、私としては楽しめなかった。ファンタジーというより、ゲームソフトにありそうな世界観の設定なのである。奥が深いと読む人もいるだろうけれども、奥は深くない。世界観の設定だけでは楽しめない。

宮部みゆきは、江戸時代の怪奇を題材にも書いていて、こちらのシリーズは私もとても好きなのだが、やはり同じ不思議な話であっても、「妖し」がどこかにありそうなのとは違い、現代に鳥人間が空を飛んでいるとか(要は「デスノート」)、もはや違うジャンルの小説だった。

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